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薬物療法の分子生物学的、細胞生化学的研究

研究室のねらい

臨床薬理学教室でこれまで取り組んできた主たる研究は、「免疫抑制薬の細胞薬力学(pharmacodynamics)に基づくテーラーメード療法」、および「免疫抑制薬耐性の分子機序に関する検討」に関するものです。また最近では、「妊娠高血圧腎症におけるドラッグリポジショニング研究」、および「ヒト乳癌組織が放出する免疫かく乱物質」についても意欲的に取り組んでいます。臨床医との連携を密にとり、研究内容が臨床と乖離しないよう常に心がけています。

研究室メンバー

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(役職:氏名 / 学位)
教授: 平野俊彦(薬学博士)    博士課程:1名
准教授:杉山健太郎(医学博士)   修士課程:1名
講師: 恩田健二(薬学博士)    6年生:17名
助教: 田中祥子(薬学博士)    5年生:12名
                                       4年生:14名
(平成30年5月現在)

担当講義

(科目:)
  人間と薬学 I(1年前期)
  ゼミナール(1-2年 薬疾病)
  疾病と薬物治療 V (3年後期)
  医療薬学演習 II 医薬品開発と臨床試験(4年前期)
  実務実習事前実習 (4年前期)
  科別英語特論 I(4年前期)
  実務実習事前学習 II(4年後期)
  アドバンス英語(5年)
  医療薬学演習 II-i ラボラトリー演習 (5-6年前期)
  課題研究(情報収集 IV)(6年)
  臨床薬理学特論 (6年前期) 他

研究テーマと概要

1) 細胞薬力学に基づく免疫抑制薬物療法の個別化:

 自己免疫疾患や臓器移植に広く用いられる免疫抑制薬の薬効には、予想以上の個人差があり、規定の投与量を投与しても殆ど効果の現れない患者がいます。このような場合には、患者の薬物感受性が低い疑いがあります。私達の研究は、個々の患者の薬物感受性を、患者のリンパ球を使って調べ、その結果に基づいて各患者に最適の薬物を選択したり投与量を設定したりすることを目的とします。これまで、東京医科大学の各科医師や薬剤師との共同研究を通じ、腎臓移植患者、関節リウマチ患者、乾癬患者、気管支喘息患者、ネフローゼ患者、潰瘍性大腸炎患者、重症筋無力症患者等に対し、リンパ球感受性試験を行ってきました。その結果、多くの症例でリンパ球の免疫抑制薬感受性と薬物の治療効果とが相関することを確認しました。そこで、この試験法によって個々の患者がもっとも高感受性を示す薬物を選択する、という治療方針を打ち立てることが可能と思われます。現在ではその次のステップとして、リンパ球の薬物感受性に基づいて実際に、薬物選択やステロイド減量などの治療方針を組み立てていく研究を推進しています。(関連する論文 Int Immunopharmacol. 2007;7:3-22. Review. Clin Pharmacol Ther. 2003;74:581-90. Clin Pharmacol Ther. 1997;62:652-64)

2) 免疫抑制薬耐性の分子機序に関する検討:

 免疫系を構成する細胞の内T細胞は、免疫系の反応を制御する役割と体内に進入してきた異物を攻撃する役割を担っています。免疫反応を制御するT細胞はヘルパーT細胞と呼ばれ、Th1とTh2細胞に分類されます。Th1細胞はIFN- γやIL-2などのサイトカインを産生して、細胞が直接進入異物を攻撃する細胞性免疫を促進します。一方、Th2細胞はIL-4、 IL- 5、 IL-13などのサイトカインを産生して進入異物に対する抗体の攻撃を促します。また、Th1細胞が優勢であると自己免疫疾患が起こりやすく、Th2細胞が優勢であるとアレルギー疾患になりやすいといわれています。重症筋無力症(MG)は、末梢神経と筋肉の接ぎ目(神経筋接合部)において、脳の命令によって神経側から遊離されるアセチルコリンの筋肉側の受け皿(アセチルコリン受容体)を攻撃する抗体が原因とされる自己免疫疾患です。全身の筋力低下、易疲労性を特徴として、特に眼瞼下垂、複視などの眼の症状をおこしやすいことが特徴です。症状が強くなると嚥下や発語が困難となり、さらに悪化した場合は呼吸ができなくなることもあります。MG治療には主に、副腎皮質ステロイド(GC)が用いられます。教室の研究結果から、Th1/Th2バランスがTh1に偏るほどGC療法が効きにくいということがわかりました。その場合には、さらにIL- 2産生を抑制するカルシニューリン阻害剤が用いられます。GCとカルシニューリン阻害剤を使用するとTh1細胞が優勢である場合にも、治療効果が得られることが明らかとなりました。またT細胞におけるP-糖タンパク質(P- gp)は、これらの薬物のみならずサイトカインを細胞の外へ排出する役割も担っています。そこでMG患者T細胞におけるP-gp機能とTh1/Th2バランスとの関連についても検討を行い、CD3+ 成熟T細胞のP-gp機能とTh1/Th2バランスとが相関することを示しました。教室ではさらに、Th1/Th2バランスを改善しまたP-gp機能を調節できる免疫抑制薬の特定を目的として、研究を継続しています。(関連する論文 Int Immunopharmacol. 2009;9:284-90., Eur J Pharmacol. 2010;627:325-31., J Neuroimmunol. 2010;225:123-31.)

3) 妊娠高血圧腎症におけるドラッグ・リポジショニング研究:

  妊娠高血圧腎症(preeclampsia:PE)は、妊娠20週以降に高血圧、タンパク尿を認めた際に診断され、全妊婦の5~8%に合併すると言われています。本症は、子癇、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群など母児ともに危険な状態に移行することがあります。根本治療は胎盤を体外に出すこと(妊娠を終了すること)であり、現在でも治療法は確立していません。特に妊娠32週未満の早発型のPEは重症化しやすいとされています。PEの病態研究として、ストレス防御機構としてのヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)の役割が注目されています。さらに血管の内皮細胞障害に関与するsFlt-1, sENGという悪玉分子の役割が明らかになってきました。興味深いことにヘムオキシゲナーゼはsFlt-1やsENGを減少させるという報告があります。 私たちはこれまでに、消化性潰瘍治療薬のソファルコンという医薬品にHO-1タンパク質を強く誘導する作用があることを報告しました(BBRC 2009;381:566-71、BBRC 2010;398:581-4)。また、ソファルコンの医薬品としての前臨床試験の結果から、この薬による妊娠動物への有害性は母仔ともに示されていませんでした。このことから、ソファルコンのPEの薬物治療への適応可能性を検討し(豪州メルボルン大学との共同研究)、この薬物がPEの病態に関わるいくつかの指標を改善しうることを発表しました(Hypertension 2015;65:855-62)。さらに、プロトンポンプ阻害薬(PPI)についても同様の検討を加えました。その結果ヒト胎盤組織などの検討で、PPIはストレス防御機構であるNrf2/HO-1経路を活性化し、sFlt-1、sENGの産生を抑制しました。またTNFαなどによる血管内皮細胞障害を改善しました。さらにPE症状を呈するマウスモデルの血圧上昇を抑制し、PEの新たな治療薬としての可能性を報告しました(Hypertension 2017;69, 457-68)(メルボルン大学、大阪大学、英国マンチェスター大学との共同研究)。PPIはFDAの胎児リスク分類においてクラスBに分類され、最近の大規模な疫学研究でも妊婦における安全性が報告されています。このような経口薬は、発展途上国のような医療資源が限られ患者数が多い地域おいて大きなメリットがあると考えられます。この研究結果をもとに、南アフリカのステレンボス大学、豪州メルボルン大学の研究者は、南アフリカにおいて早発型PEに対するプラセボ対照二重盲検比較試験(Preeclampsia Intervention with Esomeprazole; the PIE trial)を開始しました。(PACTR201504000771349)

top_img02.jpg4) 培養ヒト乳癌組織より放出される免疫かく乱物質の研究:

 癌研有明病院乳腺科との共同で、ヒト乳癌が放出し免疫機能に影響するタンパク質の研究を行っています。研究で使用する検体は、患者から摘出した乳癌組織を3次元的にスフェロイド(球形細胞塊)として培養した時の上清で、この中のサイトカイン濃度をELISAやフローサイトメトリー(FCM)で測定しています。サイトカインは、免疫細胞の働きを左右するタンパク質であり、これを検討することで乳癌組織が体内の免疫系に悪い影響を及ぼす可能性を考察します。さらに、乳癌の抗癌薬感受性や化学療法の効果と、乳癌組織が放出するサイトカインの種類や量との関連を調べ、乳癌化学療法のテーラーメード化や当該サイトカインを標的とした新たな治療法の可能性を探求します。 (右図)。