研究内容

妊娠・ホルモン疾患の病態解明と次世代創薬研究

当研究室では、人類の生命維持の根幹である「生殖」と、女性のQOL(生活の質)を左右する「ウィメンズヘルス」に焦点を当てています。不妊症、子宮内膜症、妊娠高血圧症候群(HDP)など、依然として根本的な治療法が確立されていないアンメットメディカルニーズに対し、分子レベルでの病態解明から、新たな診断マーカーや革新的な治療薬の創製を目指した基礎研究を展開しています。

1.   子宮内膜症における慢性炎症・線維化と「細胞老化」の制御

子宮内膜症は、月経血の逆流によって内膜細胞が異所性に生着・生存することが原因と考えられており、強い疼痛や不妊を引き起こす難治性疾患です。現在のホルモン療法はエストロゲンの抑制を主な目的としていますが、疼痛の十分な抑制が難しいことに加え、不妊治療との両立が困難であるという課題があります。

● 最近の知見と展望

私たちは、病変組織で特異的に高発現する多機能タンパク質であるアクチビンやDEL-1に着目しています。月経血中の催炎症因子によって子宮内膜間質細胞からアクチビンAが分泌され、EMTを誘導するとともに、CTGFを介して筋繊維芽細胞様の細胞へと変化することを明らかにしています。さらに、アクチビンは老化細胞で産生され、周囲の細胞の老化を促進することにも関与していることが分かってきました(ref)。

一方、DEL-1は通常は炎症を抑制する働きをもちますが、病変部ではトロンビンや酸化ストレスにより分泌が促進され、老化細胞の生存を支えることで病態の慢性化に寄与している可能性があります。DEL-1を抑制すると、炎症性サイトカイン(IL-1βIL-6IL-8など)の発現がさらに上昇する一方で、病巣維持に関わる老化細胞の細胞周期が変動することも明らかにしています(投稿中)。



さらに、これらは、後述の正所性の正常子宮内膜にも影響を与え、着床不全や不妊とも関連すると考えられます。
次世代の治療戦略として、慢性炎症の温床となる老化細胞が分泌する有害因子(SASP)を標的とした老化細胞除去薬(セノリシス)の研究を進めています。さらに、老化細胞に特有の膜タンパク質を同定し、CAR-T細胞療法によってこれらを選択的に排除するという、従来の内分泌療法とは全く異なる革新的な治療アプローチの確立を目指しています。

 


  

2.   妊娠高血圧症候群(HDP)におけるミトコンドリア機能と胎盤形成不全

妊娠高血圧症候群(HDP)は妊婦の約10%に影響し、母体の臓器障害や胎児発育不全を引き起こす産科救急疾患です。その本態には、胎盤を構成する栄養膜細胞の分化・融合(合胞体化)の異常や、母体子宮らせん動脈への浸潤不全が関与しています。

● 最新の知見と予防法

HDP患者の胎盤において、ピリミジン合成とミトコンドリア電子伝達系をつなぐ酵素であるDHODHの発現が著しく低下していることを明らかにしています。DHODHの機能低下はインターフェロン誘導性膜タンパク質(IFITM)の増加を引き起こし、細胞膜の柔軟性(流動性)を低下させることで、胎盤形成に不可欠な細胞融合を阻害することを報告しています(投稿中)。さらに、DHODHの欠乏はミトコンドリア障害や小胞体ストレスを介して栄養膜細胞に過剰な細胞老化を誘導し、その結果、血管新生阻害因子(sFlt-1)の上昇といったHDP特有の病態を引き起こします。現在、抗酸化作用を持つケルセチンやリボフラビンによってミトコンドリア機能を維持し、これらの異常を正常化させる新たな予防・治療法の可能性を検討しています。また、生体内環境を模倣した絨毛マイクロ流体デバイスの作製も進めており、栄養膜細胞の分化・融合メカニズムの解明と、HDPにおける分化異常のシグナル伝達経路の特定に取り組んでいます。

 

3.  妊娠成立(着床)を決定づける母体・胚の相互作用の解明

妊娠が成立するためには、受精卵を受け入れるための子宮内膜が劇的に変化する「脱落膜化」と、適切なタイミングで形成される「着床の窓(WOI)」が不可欠です。私たちは、この脱落膜化を制御する分子機構の解明に取り組んでいます。

● 最新の知見と不妊治療への応用


非古典的プロゲステロン受容体である P4 receptor membrane component 1PGRMC1)は、脱落膜化の過程で発現が低下し、その結果、転写因子FOXO1COX2、プロスタグランジン(PGE2)の産生を調節することで、着床に適した子宮内環境を整えていることを明らかにしました(ref)。また、この過程には生理的な「細胞老化」が関与し、脱落膜化を促進するポジティブな役割を果たしていることも分かっています。さらに、子宮内膜には5α-還元酵素を介した局所的なプロゲステロン(P4)代謝機構が存在し、脱落膜化の進行に伴ってこの代謝が抑制されることで、P4がより効率的に作用し、脱落膜化が促進されることも明らかにしています。


● 種を超えた共通機構と産業への貢献

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ヒトだけでなくウシなどの産業動物においても、妊娠成立に共通する分子機構を解析しています。特に、細胞外小胞(エクソソーム)を介した胚と母体の情報伝達や、胎盤形成に必須な内在性レトロウイルス(ERVs/シンシチン)の発現制御メカニズムに注目しています。これらの研究成果は、ヒトの生殖医療の発展に寄与するだけでなく、ウシなどの産業動物における受胎率向上や早期妊娠鑑定技術の開発にもつながる可能性があります。
 



4. その他の内分泌機能の検討

脂肪組織の月重力環境下におけるホルモン産生能の評価

月面や宇宙空間といった低重力環境では、骨量の減少など、加齢に類似した現象が生じることが知られています。脂肪細胞は、ホルモンやアディポカインなどを産生・分泌する重要な内分泌期間です。本研究では、脂肪組織に着目し、組織全体に均一に作用する重力条件を変化させることで、ホルモン産生に対するメカノトランスダクションの影響を明らかにすることを目指しています。現在、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究として、宇宙で飼育したマウスの脂肪組織を用いた解析を進めています。