研究内容

妊娠やホルモンと関わる疾患の病態解明と創薬に向けた基礎研究

生殖事象は,人類をはじめ地球上の生命を後世に繋ぐ重要な生物機能です。また,女性が生涯を通じて健康で明るく生活するために,女性特有の疾患を高度に治療し,周産期でのケアや生殖医療関連技術の発展が求められています。他のアンメットメディカルニーズが高い疾患と同様に,より選択性が高い病態に基づいた新しい根本的治療法が待望されています。当研究室では,妊娠や不妊に関わる分子を探索し,究極的には,このウィメンズヘルス領域の薬の創製につながる知見を見出すことを目指しています。私達は,ホルモン支配下で調節されるシグナル伝達因子,炎症関連因子,転写制御因子に注目し,子宮内膜症や妊娠高血圧症候群などの女性の健康を脅かす疾患や内分泌・代謝系疾患の病因を解析し,生殖医療領域,婦人科系疾患の薬物療法に寄与できる新知見 (治療標的,診断・予防マーカー)を見出すべく,研究を行っています。

Ⅰ. 不妊や流産を招く疾患の病態解析と創薬標的の探索

 1. 子宮内膜症

本邦ではライフスタイルの変化,特に未婚者の増加,出産数の低下等により,子宮内膜関連疾患の罹患率が増加しています。子宮内膜症は,骨盤痛と共に月経困難症や不妊を起こす予後不良な難治性疾患です。現在の子宮内膜症治療薬は,悪化因子のエストロゲン作用の減弱を狙った性腺刺激ホルモン分泌を抑えるGnRHアゴニストや病巣に対する脱落膜化促進などの直接作用をもつ第四世代プロゲストーゲン誘導体です。しかし,疼痛等の兆候に対する抑制効果は限られ,未だに十分なQOL向上には至ってはいません。
以前,ヒト子宮内膜腺細胞と内膜間質細胞株 (ref)を,卵巣摘出ヌードマウスの腹腔内に移植すると内膜症様病変が形成されることを観察していますが, これら細胞株を移植したマウスモデルを用いて,病変様組織の変化を解析したところ,炎症性サイトカイン発現上昇や血管新生といった病態の進行にプロテアーゼ活性化因子(PAR)等の出血関連因子が関わることを示唆しました (ref)。加えて,プロテオーム解析によりセリンプロテアーゼインヒビターであるSerpinA1(A1AT: alpha1-antitrypsin)蛋白質の発現低下が病変様組織の炎症に関与することを報告しています(ref)。内膜間質細胞で発現するA1ATをノックダウンするとPARアゴニストで惹起されるIL-6などの炎症性サイトカイン発現が著しく上昇し,逆に過剰発現により抑制されます。A1AT発現抑制で変動する遺伝子群についてmRNAシーケンス解析,パスウェイ解析を行ったところ,炎症反応因子,免疫反応因子の発現の高進を認めます。A1ATがToll様受容体を介して炎症を慢性化させる結果も得られ (ref),A1AT関連因子の機能と創薬標的としての可能性を解析しています。
子宮内膜症の大きな特徴として,炎症を伴いながら進展する病変の線維化があります。病状の進行に伴い,異常な病巣組織の再構築,細胞老化もみられます。三次元培養系では, 低酸素下での炎症因子は, 内膜腺上皮の上皮間葉系転換(EMT)を誘起し,内膜細胞の線維化に寄与します。一連の研究では,間質細胞から分泌されるケモカインの一つCXCL12が腺細胞に存在する受容体CXCR4を介して,EMTを促進しました。EMTに加え,筋線維化がみられます。
我々は,血中催炎症性因子により子宮内膜間質細胞からアクチビンAが分泌され,EMTを起こすとともにCTGFを介して筋線維芽細胞様へと変化させることを報告しました(ref, 図)。この過程の抑制薬の新規治療薬の可能性を検証しています。さらに, 老化細胞の選択的除去(セノリシス)薬の治療薬としての可能性も検討しています。子宮内膜間質細胞の脱落膜化時に起こる細胞老化を選択的に除去すると脱落膜化が促進されます。子宮内膜症の病変部において老化細胞の存在も最近, 報告され,細胞老化やそれに伴う細胞内小器官の異常(ERストレスやミトコンドリアストレス), 老化誘導性エクソソームと内膜症病態との関連も興味があるところです。

 2. 妊娠高血圧症候群(HDP)と胎盤栄養膜

妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy: HDP)は,妊娠時に高血圧を認める症例の総称であり, 妊婦10人に1人が発症します。HDPの代表的な病型として高血圧に加え蛋白尿を認める妊娠高血圧腎症(Preeclampsia: PE)があり,早産や胎児発育不全,妊産婦では高血圧,脳出血や腎機能障害を起こす危険性がある産科救急疾患です。残念ながら,HDPに対する有効な治療方法は未だに確立されておらず,現在は, 第一2選択薬としてメチルドパやラべタロールなどが使用されていますが, 病態に即した有効な治療薬がないのが実状です。詳細な病態発症メカニズムの解明や早期診断マーカーの発見が新たな治療・予防薬の創製に繋がる可能性があります。胎盤を構成する絨毛は, 合胞体栄養膜細胞(ST)で覆われ, この内側に局在する細胞性栄養膜細胞(CT)がSTへの分化・融合することでその機能が維持されます。この異常が胎盤形成障害を招きます。胎盤形成時に起こる絨毛外栄養膜細胞(EVT)の母体(脱落膜組織)への浸潤や,らせん動脈でのリモデリングの異常による胎盤形成不全とそれに引き続く血管障害がHDPに関与すると考えられています(図)。我々の最近の結果は, HDP患者胎盤では, ミトコンドリア機能低下に伴うインターフェロン関連因子(IFITMs)の増加が, STへの分化を阻害していることを示唆しています。また,細胞老化との関連についても解析中です。詳細な分化・融合メカニズムを解明するため, 生体内環境を模倣する絨毛マイクロ流体デバイスも作製しつつ, 栄養膜の分化・融合メカニズムを解明すると共に, HDPにおける栄養膜細胞の分化異常のシグナル伝達経路の同定を試みています。

II. 妊娠成立機構の解明

生殖補助医療の発展にもかかわらず,少子化,卵子の老化,高齢出産が,本邦では問題となっております。ヒト等の哺乳類の妊娠成立においては,妊娠の成立から出産までは乗り越えなくてはならない壁がいくつも存在しており,「受精」,「着床」,「胎盤形成」,「胎児器官形成」と多岐にわたります。これらのプロセスは一部を除き多くの哺乳類に共通ですが,妊娠成立を決定づける明確なメカニズムは,どの動物種でも明らかではありません。

 3. 子宮内膜の脱落膜化 (胞胚受容能獲得)のメカニズム機構

妊娠成立に欠かせない内膜受容能の基礎研究では, 胞胚の着床に関わる子宮内膜間質細胞の脱落膜化機構を解析しています。これまでに, 動物及びヒト培養細胞を用いて微小管動態調節因子stathmin, インスリン様成長因子結合タンパク質IGFBP7, cAMPシグナル仲介因子EPAC, 小胞体シャペロンタンパク質Calreticulinなどの脱落膜化における役割を明らかにしました。
エストロゲンにより増殖・肥厚した子宮内膜は,排卵後の黄体組織で産生・分泌されるプロゲステロン(P4)の作用により間質細胞の脱落膜化(分化)が起こります。この脱落膜化は,胞胚(受精卵)の子宮内膜への着床に不可欠な現象です。着床後,胎盤が形成されるとP4の主要な産生組織は,黄体から胎盤へとスイッチし,妊娠の進行と共にP4産生は著増します。妊娠期間内では,母体及び胎児は高濃度のP4に暴露されており,分娩による胎盤の娩出によりその濃度が激減するまで,子宮平滑筋の収縮抑制などの妊娠維持において主要な役割を担います。P4の作用は,典型的なリガンド依存性DNA結合性転写制御因子であるP4受容体(PR)に結合し,主にゲノミックな作用を介して発揮されます。子宮内膜間質細胞の脱落膜化過程においてもP4は,PRを介して脱落膜化マーカーであるプロラクチンやIGF結合タンパク質1(IGFBP1)などの発現を正に調節しています。また,P4は,妊娠子宮の平滑筋に作用してその収縮を抑制します。ヒトでは,分娩直前に起こるPRサブタイプの発現比の変化といった「機能的なP4作用の減弱」による分娩誘発機構が提唱されています。
最近, P4に親和性を示す非古典型的P4受容体として知られるP4 receptor membrane component 1(PGRMC1)が, 月経周期分泌期の子宮内膜での発現が減弱することでフォークヘッド型転写因子FOXO1の発現が誘導されることを報告しました(ref1, ref2)。PGRMC1は, 脱落膜化とそれに伴う適切な細胞老化を誘導し, 胞胚の着床のみならず月経周期の進行における子宮内膜リモデリングに関与すると考えられます。 さらに,子宮内膜において5α-還元酵素を介した局所的なP4代謝機構が存在することや,脱落膜化過程ではこの代謝機構が抑制されることで効率的にP4が子宮内膜に作用し,脱落膜化が促進される結果を得ています。

 4. 種を超えた哺乳類の妊娠成立機構の解明 

ヒトの妊娠は着床を乗り越えると約70%が出産までたどり着くことができ3ます。一方で,ヒト生殖医療において,質の高い成熟した受精卵を用いても約25%(ウシは約55%)しか妊娠が成立しません。この問題はヒトのみならず,ウシなどの産業動物でも問題となっていることから,哺乳類に共通して,妊娠の成立に最も影響するのは「着床」の成功とそれに伴う「胎盤形成」であるといえます。これらを解決するため,ウシやヒツジの大型動物の着床周辺期における胚―子宮間のコミュニケーション機構の解明や(ref),妊娠認識物質の発現制御機構の解明を行っています(ref)。近年では,子宮内のエクソソーム(細胞外小胞:EVs)によるコミュニケーション機構の解明を明らかにしています(ref1ref2ref3)。妊娠中に変化する因子群を特定することで早期に妊娠の成否がわかる鑑定方法の確立を目指しています。
 一方,胎盤形成機構を解明するため,成熟受精卵の構成細胞であり,胎盤の主要な構成細胞でもあるトロホブラスト細胞の分化・融合メカニズムを研究しています(ref)。ヒトを始めとし,様々な動物種のトロホブラスト細胞の分化・融合は,進化過程でレトロウイルス感染によりゲノム内に取り込まれた内在性レトロウイルス因子(ERVs)が関与していることが分かってきました。ERVs(特にSyncytin)がゲノムに取り込まれた時期は動物種によって異なるのに対して,その機能は共通です(ref)。このことから,胎盤形成にERVsが必須であることが推察できます。また,着床後から胎盤形成は開始されることから,着床とERVs発現制御を精査することでトロホブラスト細胞の分化・融合機構解明と動物種間における共通・非共通機構を明らかにできます。現在,様々な動物種のERVs発現制御メカニズムを解析しています。また,妊娠率の向上を目指して,着床と胎盤形成に最も適した子宮内環境も精査しています。これらの研究は,ヒト生殖医療だけではなく,畜産分野においても貢献できる研究です。

III. 天然物由来新規化合物の薬効と作用機序の検討

 5. UKAMI琉球夏草およびその成分の薬効評価

沖縄産エリ蚕蛹を宿主とする子実体(仮称:琉球夏草)を応用した機能性食品素材の薬効解析を行っています。琉球夏草は,沖縄特産のエリ蚕から産生される冬虫夏草の一種です。【沖縄UKAMI(株),生物分子有機化学講座,免疫学教室との共同研究】。男性更年期障害モデル動物や前立腺肥大モデル動物を用いて検討した結果,琉球夏草エキス(RK)の前立腺重量の低下作用と共に,男性ホルモン代謝調節作用を報告しています。RK連続投与は,疾患モデル動物の前立腺肥大の抑制効果をもつ一方で,血中男性ホルモン値の維持作用を示しました。RK含有成分のヒト前立腺がん細胞の増殖抑制作用も確認しています(ref1, ref2)。更年期世代のQOL向上に資する機能性食品素材であると考えられるこのRKの肥満をはじめとする生活習慣病の改善効果に注目して,薬効とその機序を検討しています。

Ⅳ. その他の内分泌器官における検討

 6. 脂肪組織の月重力環境下におけるホルモン産生能の評価

月面や宇宙空間などの低重量環境下では骨量が減るなど老化様の現象が見られる。脂肪細胞は男性,女性共にエストロゲン(女性ホルモン)を産生する重要な器官である。エストロゲン量の低下は性差関係なく骨粗鬆症の最たる原因の一つである。本来,臓器への物理的衝撃を吸収する脂肪組織に対して,組織全体に均一に働く重力の条件を変えることで,ホルモン産生に対するメカノトランスダクションの影響を明らかにしている。本研究は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究で,宇宙で飼育したマウスの脂肪組織を用いて解析しています。